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No fate but what we make.

学び、パートナーシップ、生き方、働き方

優しさってなんだろね

どうもー!!
最近、優しさで溢れる社会をつくることにフォーカスしているやっちです。不器用な上、知識も技術もないのでモノは作れないかもしれませんが、世界は創りたいと思います\(^o^)/
ただ花粉がすごすぎて、、、やられてます!

最近、そもそも優しさってなんぞ?
って考えることが増えました。

家族に対して。
友人に対して。
恋人に対して。
同僚に対して。
知らない誰かに対して。

優しさ。
優しさって言葉を聞いた時に、
頭に思い浮かべるものって何ですか?

人に寄り添うこと?
熱心に話を聞いてあげること?
元気づけてあげること?
喜ばせてあげること?
思いやりをもつこと?
あえて厳しくすること?
遠くから見守ること?
何かを手伝ってあげること?
差別、区別をしないこと?
自然を守ること?
見えない所で人のために動くこと?
感動して泣くこと?
叱ること?
怒ること?

色んな優しさの表現があります。
どの優しさも、間違ってることなどなにもありません。色んな優しさで社会は成り立ちます。
気づかない優しさもたくさんあります。

皆さんは朝家から出て夕方家に戻るまで、
どれだけの優しさに触れていると思いますか?
またはどれだけの優しさを人に与えられていると思いますか?

僕は「優しいね」と人に言われることがあるのですが、いつも思うんです。
その人にとって【優しい】と感じるものが僕の言動のどこかにあったのだということ。
僕の言動はほとんどの場合、「優しくしよう」って思ってしたことではありません。

その人にとってそれが【優しい】と感じられたこと。ここがとても重要な所で、その人自身がとても優しいんだということ。
だから僕は、「優しいね」って言われることがあると、逆に「優しいんですねぇ」と強く思っているんです。

そう考えてみると、
優しさっていうのは行動によって生まれて、○○だから優しいってひとくくりにできるものではなくて、誰かのことを「優しいな」って感じられた感性こそが、【優しさ】なんじゃないかって思ったんです。

つまり、僕が思う優しさで溢れる社会というのは、その優しさを感じる感性の連続からもたらされる大きな器を持つ人で創られる社会という表現で、なんとなく近いものを感じます。

身近な、小さな優しさに気付くこと。
当たり前かもだけど、何度も聞いているかもしれないけど、改めて優しさに触れることで自分の優しさに気付くことも大切ですよね^ ^