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No fate but what we make.

学び、パートナーシップ、生き方、働き方

Cambaを意識した時に浮かんだこと

こんにちはー\(^o^)/
暑がりやっちです!

暑くなりましたねほんとに。もうこのまま夏に突入していくのでしょうか。今年は独立の年らしく、周りの皆さんがどんどん独立していきます。というか会社を辞めていきます。笑

さてさて。Camba発足時にぼんやり浮かんでいた世界のことをつぶやきます。

極端な話、
ある空間に仲間が1000人集いまして、
村や集落ができたとして、
1000通りのその人にしかできない仕事があって、999人が1人から毎月何かを買うとします。
1人は999人の誰かに、得たお金を使います。また999人がその1人から何かを買います。お金は目に見えてその空間をぐるぐる回ります。

食は1000人のうちの誰かが作ってもいいし、みんなで作ってもいい。
家は1000人のうちの誰かが作ってもいいし、みんなで作ってもいい。
服は1000人のうちの誰かが作ってもいいし、みんなで作ってもいい。

別にお金で誰かが何も買えなくなったとしても、周りの人が補ってくれる。
もしくはモノとモノで交換する。
特に見返りもない。自分もそうなったら相手は助けてくれると本気で信じているから。そんな安心な社会。

税金さえ払っていれば、1000人の内の誰かが担っているインフラ作りはバッチリ。時には大きなお金が必要になっても、みんなが協力してその時に必要な税金を払う。そんな安心な社会。

こんなことを意識しながら、
コミュニティや場づくりの活動をするわけだけど、なんだか遠いですねー
(^∇^)

でもこれ理想論だと思います?
1000人が1000人、本気で全員を愛していたらできると思うんですよ。
暮らし方、仕事、政治、テクノロジー、環境、
世界、食、医療、教育、色んな分野の複雑なしがらみの中で僕らは生きていて、思考が張り巡らされているんですけど、要は人を本気で愛することができて自分も愛されてる確信があったらそれだけでいいんですよ。その上でみんながそれぞれできること(職)がある。

動物にも植物にも星にも愛が存在していると思っていて、だからあんなに美しくたくましく生きられるんじゃないかって思うわけですよ。

前提がないままただ時間が過ぎていく人間が多すぎて、人間本来の真髄が忘れ去られているように感じます。

そのことを忘れずに日々を送りたいものです。