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No fate but what we make.

学び、パートナーシップ、生き方、働き方

承認で満たされる幸せは一瞬の花火

ヤウチです。
行くとこ行くとこ濃すぎて楽しくて仕方ありません。楽しいとこがあるんじゃなくて、楽しくいられる自分がいるんでしょうね。幸せです。

最近出逢う人、出逢う人を見て、
あることに気付きました。

日本古来の美しさや自然と共存する意識、体に良い空気や食べ物を取り入れること、コミュニティ形成によるお金でない価値観で世の中を動かしていくもの。

これらは一見、それを発信する人が、あるいはそれを発信する場所が特別に見えたりします。

今まで経済発展ばかり願ってきてしまった僕らが、ふと振り返り本当に大切なものってなんだろうと思い返し、SNS発信がインフラとなったことも追い風となり一人一人の想いのある取り組みを、仲間同士の繋がりをもって行うことがやりやすくなった•••

そんな風に思っていたんですが。
今、こう感じるようになりました。

【そもそも私たち日本人が、
日本人を知らないんじゃないか?】

特に僕ぐらいの世代は戦後の日本しか知らないし、日本国憲法が既にあったし、
欧米の物が生まれた時から溢れていた。
良い大学に行けば良い会社に入れると思っていたし、特別な何かがない、いわゆる「普通」の状態は、社会適合者として認識されるわけですね。
なんら不思議なことではなかった。

この社会は同じ服を来て、
同じことを学び、
同じような受け答えをして、
決められた枠に押し込めようとする。
しかしその先にあるものは、「普通」ではないものを求めようとする世界。

「あれ?普通になれと教え込まれてきたから、普通のままじゃ目立たなくてまずいぞ。他と違うってことを表現しないと。」
そうやって遮二無二がんばって路頭にさまよい、自分を見失っていく。

いつのまにか武装された自分が完成し、
鎧を着ているから何者なのかわからない状態になる。それが僕らの世代なんです。

カッコいい鎧を見て、
「それいいね!」とか言い合ってる。
いいねの数=その人の価値みたいになってる。それが僕らの世代なんです。

鎧を着ているのが当たり前な人たちは、
鎧を脱いでる人たちが特別に見えるかもしれない。でもそれが本来の姿なんですよね。それが日本人なんですよね。

元々オーガニックの国なんですよね。
元々一人一人が輝ける職をもってた民族なんですよね。元々世界にほこる技術をもってるんですよね。元々お金以外のもので物々交換してたんですよね。

それらを捨てて別の何かを取り入れ続けて自分たちの首をしめて、今再び戻ってるわけですよね。

すべて、テクノロジーにより生まれた文化以外は元々あったもの。
誰がそれに黒い布をかぶせて目立たないようにしてたんでしょうね。

また世界の誰かのせいにしようとするでしょう。でも全部自分のせいなんですよね。自分が目つむってるだけ。

全部自分が創り出している世界なので、
少しでも居心地良く変えちゃいましょう。少しだけ進む。
少しだけ真っ直ぐ見る。

気付いたら世界の見え方変わります。
なんか変に焦ってる感じもなくなります。以前ほどがんばって走ってないのに前に進んでます。

そんなことを感じるここ最近です。