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No fate but what we make.

学び、パートナーシップ、生き方、働き方

震災6年目。今の自分の現状からもっと見えるものがある。

人間って? 自分なりの答え 生き方 振り返り

やっちです。

 

友人のプロブロガーあんちゃの言葉に胸を打たれました。なんだか無性に今の気持ちを書きたくなりました。

 

お金がない今だからこそ、そして決して忘れることはできない今日という日だからこそ、ご報告させていただきます。ちょっと複雑な感じで話すことをご了承ください。

 

会社を辞めて1ヶ月半が経ちます。
その後のことを決めてから皆さんにご報告をしたく思いましたが、最近の気付きや方向性だけでもお知らせいたします。

 

2月序盤はまだ僕は貨幣経済の呪縛から逃れられないようなところがあり、苦しかったです。頭でお金なくても世界が助けてくれると思ってても、結局その呪縛が邪魔をしてきます。「お金ないと生きていけないから働かないと」そんな言葉がグルグル回ってました。
全くもってその通りで、お金ないと生きていけないです。価値を示す道具を持たないと、多くは等価交換ができない。
そして何もしないと破産する現実を見て、なるほど、こういうことかと納得しました。これが今の経済であり、多くの人が自殺する理由として「借金」があること。
自殺した友人のお父さんや、実家のマンションから飛び降りたご近所さん、そして首をつった友人のことを思い出しました。

なんじゃこりゃって思いました。
これが人かって思いました。

僕自身も4回死にかけたことがあって、
溺れ死にかける、人に襲われる、電車に轢かれそうになる、高速道路の中央分離帯に突っ込む、そんな感じです。

これまたなんじゃこりゃって思いました。
生かされてるってはっきり思いました。

そこで僕は考えました。
自分には価値があるのかどうかということを。だって、自分に価値がないと悟って人って死ぬんでしょ?
自己分析レベルでなく、そもそもこの世界で自分に価値があるかどうかを考えました。それは「あなたには命という価値が」というものではなく、客観的な世界から見たときの人間世界での価値です。

そしてどうやら価値があった。
なぜなら僕を求めてくれる声がたくさんあったからです。何もないからこそ、そういう時に声をかけてもらえることは僕自身の価値と思いました。

こういう話をすると宗教的な、とか病んでるみたいな風に捉えがちですが、それは言葉なのか文章がそう感じさせるのでしょう。
僕はおそらくかなりのレベルで幸福です。
なにせ命はあるし、最愛の妻がいて、家があって、素晴らしい友人がたくさんいる。
こんなに幸せなことあります?

ないのはお金だけ。
そして自分には価値がある。
では、この価値はどうお金にかわるのか、という話になる。お金に変わっていないということは、まだ自分の価値に気付いていないということ。

その前提でお話しします。
まず確実に思うのは、僕は日々出会う色んな人と何かをするのが好きなんだということ。転職も6回しているし、イベントも都度違うメンバーとやるし、遊ぶ人もグループがバラバラすぎます。

一緒に何かをする=「遊ぼうぜぇ」みたいな感覚なんです。何も考えずに遊ぶか、何かを考えて遊ぶかの違いしかなく、どうしたら遊びの質が上がるか。ここしかないんですよね。

やれ「真剣に取り組め」、やれ「遊びじゃないんだよ」、やれ【真面目に】、、
色々言われてきました。
何が真剣で何が真面目なのかよくわからなかった。みんな必死に働いてた。

10年前の新卒面接時に「世界が平和になってみんなが優しくなったら経済はもっと変わると思うんですよね」みたいに言った時の周りの新卒や面接官の苦笑は、世界は終わってるって思いましたね。そこは当時、乗りに乗ってたベンチャーでしたが、潰れてしまいました。

話がそれました。
前振りが長すぎました。

何が言いたいかというと、
僕は人が大好きであるということ。

そして様々な経験から、特別な資格を要することなく人の相談に乗れるということ。
高1で母が他界したり、社会人になってすぐ父が破産したり、変な人が家に来て恐怖で怯えたり、それはもう壮絶な経験だったと思います。多分。
ハゲたのもこの頃。20代前半で毛が抜けると思わなかったですよ。

僕はよく、仏と言われます。
でも僕は元々切れやすかったし、ドSだし、自己中心的だし、よくぞ今のようになったなと思います。
変われたのは、幸せを噛み締めてるから。
そこしかありません。

だからこそ、コミュニティづくりや、純愛伝道師としての活動は合ってるんじゃないかと思ってて。
僕は、昔の僕みたいな人に「ここは大丈夫。安心しておいで」って言ってやりたいんだ。そんな場所があったらいいなって。なぜなら僕はなんの見返りも期待しないし、笑ってくれたら、それで最高だ。

純愛伝道師はなんだかふざけてるようにも思えるかもしれないけど、僕は真剣。
話してくれる人には全力で魂を注ぐ。
あんまり体力ないから長くもたないみたいです。汗

長くなりました。
そんなわけで、僕は変わらず矢内悠介で生きていきます。何してるというか、矢内悠介です。

もしかしたらまた会社に入るかもしれません。このままかもしれません。
その都度、楽しいことに身を任せて生きていきます。

 

東北の震災から6年。
毎年、ご冥福をお祈りします。
今日も僕は幸せです。
生きてます。ありがとう。